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『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』:身体障害と共に生きた鹿野靖明氏に学ぶこと

「医者の言う命って何ですか?」

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東京オリンピック・パラリンピックまであと1年に迫った2019年7月、難病を抱える船後靖彦氏と木村英子氏が参院選で当選し、国内で初めて重度身体障害を抱える議員が誕生するという歴史に残る発展があった。またその前年の11月には、障害者がロボットを遠隔操作してコーヒーを運んだり会話したりする期間限定カフェを、技術研究を行う企業が東京中心部に開店した。体が不自由な人に代わってロボットが動くという画期的な試みだ。人口の約7.4%が障害を抱えていると言われる日本では、近年このような取り組みによって社会統合や障害者の雇用機会の見直し、そして何より当事者の声を聴くことにより力を注いでいる。

しかし、障害を持つ人々に対する偏見は、日本を含む多くの近代社会で根強く残る。障害を持つ人のための雇用や設備に関する事柄、また自己選択権やその選択の尊重についてなど、しっかりと議論されていないことも多い。

こうした中、重度の障害を抱えながら、障害者の自立生活を促進してきた鹿野靖明氏の人生を基に製作された映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』が2018年12月に公開された。笑いあり、涙ありのドラマである本作は、長年にわたり鹿野氏を取材してきた渡辺一史氏が執筆した本を基にした実話で、介助や障害者と共に生きることに対する偏見に疑問を投げかけると共に様々な考え方を取り上げており、学ぶところの多い作品だ。

生きるというのは迷惑を掛け合うこと

「水ちょうだい!」「新聞読む!」「背中かゆい!もうちょい下!あ、そこ!」「ラーメン!」

映画は、鹿野(大泉洋)と鹿野の要求に応えるため忙しく動き回るボランティアたちの画で始まる。鹿野は全身麻痺で首と手しか動かすことができないが、かなりのおしゃべりではある。絶え間なく要求と文句を口にする鹿野は一見、24時間365日ボランティアが介助してくれることを当然とでもいうような、わがままで図々しい人間に見える。

ボランティアに深夜2時にバナナを買いに行かせたり、アダルト映画を一緒に見ようと言いだしたり、とんでもない要求を口に出す鹿野は、「だって自分で行けないし、誰かに頼むしかないっしょ」と言って退ける。

しかし我々は、助け合い、また互いから学ぼうとする過程で次第に絆を深め合う鹿野とボランティアたちの関係が、単なる患者と介助人以上のものに変化していく様子をスクリーンを通して目の当たりにする。鹿野は、悩める多くの若いボランティアたちにとって父親のような存在になっていくのだ。

一般的に、個性よりも和を乱さないことを重視する日本では、他人に迷惑をかけることは何としても避けなければいけないと考えられている。しかしその結果、弱い部分を見せまいとして孤立してしまうことが多いのも事実だ。それに対して鹿野は自分の弱い部分を開け広げにし、逆にコミュニケーションに役立てている。

「同じ人間だもの」鹿野は言う。

本作を見ていると、障害があろうとなかろうと、皆生きていく上で誰かに頼っていて、助けを求めることは恥ずかしいことではないのだと再認識させられる。他人に頼ること(そしてそれを特別なことに思わないということ)について、シンポジウムで話す鹿野の言葉が作中でボランティアによって語られている:「俺がわがままに振る舞うのは『他人に迷惑かけたくないから』って縮こまっている若者に、生きるってのは迷惑を掛け合うことなんだって伝えたいからなんだ。」

「思い切って、人の助けを借りる勇気も必要だ。」全くその通りだ。鹿野氏の自然体でユーモア溢れる言動は、人生はギブ・アンド・テイクであり、皆迷惑を掛け合って生きているのだということを思い出させてくれる。

「自立生活」は選ぶ自由

鹿野靖明氏は11歳の時に筋ジストロフィーと診断され、自宅や家族と離れ、病院で少年時代を過ごすことを余儀なくされた。23歳の時、平等や障害者の自己選択権などを訴えたアメリカの自立生活運動に触発され、障害者施設生活に別れを告げ、介助付きの自立生活を開始。当時の日本にはなかったこの生活スタイルを実行するため、自らボランティアを集め、仕事を教えた。そして障害を持つ人が自身の生活スタイルを選び、その選択が尊重されるという形式を作り出すことに尽力した。

「医者の言う命って何ですか?」病院での集中治療に戻るよう促された鹿野は、医師に問いかける。少年時代のほとんどを医療施設で過ごした鹿野は、その後の人生で、社会の中で自分の生き方を自分で決める自由こそが、治療よりも大切なのだと証明することに努めた。

鹿野氏は、生涯をかけて障害者の自立生活の重要性を唱え、国内で変化をもたらすための基礎を築いた。そして鹿野氏の死から4年後の2006年、鹿野氏に影響を受けた障害を持つ人たちの努力が実り、身体・知的・精神障害者が地域で自立して生活できるよう市町村・都道府県による支援事業実施を規定した障害者自立支援法が施行された。

無限に広がる可能性

鹿野氏の物語の最大のメッセージは、”不自由があっても人生には可能性が満ちている”、ということだ。映画の中で、鹿野氏は様々な夢を語る-英語の試験に合格すること、アメリカに行くこと、恋すること…また、バーベキューをしたり、カラオケに行ったり、シンポジウムやパーティーに参加し、楽しく過ごす姿も多く描かれている。全ての夢は叶わなかったかもしれないが、常に人生を楽しむために挑む鹿野氏の姿は、映画を観終わった後も強く印象に残る。500人ものボランティアと過ごし、2002年、42歳で息を引き取った鹿野氏は、今日に至るまで日本の社会に影響を及ぼす、かけがえのない財産を残した。

東京オリンピック・パラリンピックを1年後に控える今、生きたいという衝動、自由の権利、そして人生を輝かせるための努力に一際意識が向く時ではないだろうか。政界であろうがスポーツ界であろうが技術界であろうが、鹿野氏のような多くの人々が、ただ何かが起こるのを待つのではなく、積極的に声を上げている。そしてその多様な声は、今こそ受け入れられるべきだ。「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」を観ると、そんな風に強く感じる。

キャスト:大泉洋、高畑充希 、三浦春馬
監督:前田哲

文:ローズ・ハネダ

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