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映像を通して鑑賞する村上春樹の世界

ダークで複雑で魅惑的。村上ワールド映像化作品3選

毎年秋になり、ノーベル文学賞の発表が近付くと、東京のバーには本や額入りの写真を手にした「ハルキスト」たちが集まり、彼らが共通して抱く夢の実現を祈る。「ハルキスト」とは、小説家・村上春樹の国際的な文学界での活躍を応援する熱狂的ファンのことであり、東京から遠い世界各地にも何万人もの「ハルキスト」が存在する。それほどまでに世界を魅了する村上作品の秘密とは何だろう。それほどまでに世界を魅了する村上作品の秘密とは何だろう。日本生まれの村上春樹がこの時代を代表するほど有名になった要因とは——?ジャンルにとらわれない仕方で、現代に生きる人々の心に響く物語を生み出していることだろうか。あるいは彼の物語には、もっと語るべきなにかがあるのだろうか。

1949年、京都で誕生した村上は、神戸で育ち、東京で早稲田大学に通った後ジャズバーを開いた。野球観戦中に思いつき、29歳の時に自身初のフィクション 『風の歌を聴け』(1979)を執筆。その後、『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『神の子どもたちはみな踊る』、『海辺のカフカ』、『1Q84』など国際的なベストセラーを次々に発表した。特徴としてダークな雰囲気、現実と非現実が溶け合う不思議な世界、また「西洋的」であることが挙げられることの多い村上春樹の作品は、これまでに50ヶ国語以上の言語に翻訳されている。

脚本家、または映画監督として村上春樹作品を映画化するということは、名を上げることになるであろうプロジェクトであると同時に、非常に困難なことでもある。村上作品は、一筋縄の理解を受け付けないし、グローバルに広がるファンのことを考えても、ひとつの文化的な価値観に拠って作品をつくるのは不可能である。しかしながら、これまで映画化されたいくつかの限られた作品は、ほとんど成功していると言えるだろう。そんな村上春樹原作映画の中から、特にご覧いただきたい作品を3作ご紹介しよう。

1.トニー滝谷, 2005

村上春樹が「Tony Takitani, House (D)」と書かれた古着のTシャツをマウイで目にして思いついたという短編小説『トニー滝谷』。Tシャツに書かれた「トニー滝谷」とは一体どんな人物なのかと興味をそそられ、その好奇心がインスピレーションとなった2002年発表の同小説は、ジャズ奏者のシングルファーザーに育てられた若きイラストレーター・トニー滝谷の物語だ。

トニーは、アメリカ風の名前のせいで孤立し、仕事に打ち込む孤独な日々を送っていたが、クライアントのA子に出会い、結婚する。二人は幸せに暮らすが、やがてA子の買い物好きは単なる趣味から大きな問題へと化す。買った洋服を返品するためブティックに向かったえりこは、途中交通事故に遭い命を落としてしまう。そして狼狽するトニーは、1人取り残される。

故・市川準監督の本作は、国外ではあまり知られていないかもしれないが、過去にニューヨーク・タイムズ紙に「繊細であり、鋭く刺すような驚きの一面もある」と評されたことがある。観想的で人間味があり、村上作品の素晴らしい特徴を兼ね備えた作品だ。サウンドトラックを手がけたのは、日本を代表する作曲家の坂本龍一。

キャスト:イッセー尾形、宮沢りえ
監督:市川準

2.ノルウェイの森, 2010

1987年に出版された『ノルウェイの森』は、村上作品の中でおそらくもっとも有名で、広く親しまれている作品だろう。37歳の主人公・ワタナベトオルに過去の記憶を思い起こさせるビートルズの楽曲を題名にした本作は、高校生の頃に知り合ったワタナベと直子を中心に描かれる。直子は、ワタナベの親友で17歳の時に自殺したキズキの彼女で、キズキの死後、2人は恋人のような、互いに依存するような関係を築く。憂いと思慕に満ちたストーリーは、小説好きの若者に支持されて当然だろう。

2010年公開の本映画化作を手がけたのは、ベトナム出身でパリ在住のトラン・アン・ユン監督。ベトナム映画『青いパパイヤの香り』や『夏至』で有名なトラン監督は『ノルウェイの森』映画化を長い間熱望していたが、それに対し、村上は当初あまり良い反応を示していなかった。既にお察しのことと思うが、村上は自身の作品の映画化に消極的なのだ。

ともあれ、東京で村上と面会した後、トラン監督はフランス語で脚本を書き、それを英語に訳して村上と意見を交わした末に、日本語で撮影を遂行した。本作のタイトルはビートルズの楽曲から引かれている一方で、サウンドトラックはレディオヘッドのギタリスト・キーボード奏者のジョニー・グリーンウッドが手がけている。

キャスト:松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子
監督:トラン・アン・ユン

3.ハナレイ・ベイ, 2018

ハワイのカウアイ島・ハナレイ湾の名を題名とした本作『ハナレイ・ベイ』は、村上の同名短編小説の映画化作品だ。物語は、ピアノ・バーを経営するシングルマザーのサチを追う。サチの息子・タカシはある日、美しいハナレイ・ベイでサーフィン中にサメに襲われ、命を落とす。タカシの死から10年が経ち、ハナレイ・ベイを訪れたサチはそこで出会った2人のサーファーから、タカシという名の片足のサーファーの話を聞かされる——。

『ハナレイ・ベイ』の素晴らしさには、その魅惑的なストーリー、映像、そして美しい海を舞台としたシーンのほか、キャスティングもその一つとして挙げられる。松永大司監督の本作には、主役・タカシの母を演じるベテラン女優の吉田羊のほかにも豪華な面々が出演している。タカシを演じるのは近年俳優としても注目されるGenerations from EXILE TRIBE のメンバー・佐野玲於、そして『テラスハウス』ファンなら、ハワイ篇に参加したサーファー・佐藤魁が、タカシの友人・三宅役で出演していることにも気が付くだろう。

キャスト:吉田羊、佐野玲於、村上虹郎
監督:松永大司

傷心、死、バラバラになった家族——ご紹介した映画からも分かるよう、村上春樹はハッピーな物語はめったに書かない。しかし彼が小説に書き連ねることとは、〈人間とはなにか〉という主題をめぐる、驚くほどリアルで、疑いようもなく胸を打つ省察にほかならない。彼の著作はエレガントに抑制されながらも、はっとするほど詩的でもあるのだ。あなたがどの言語で触れようとも、村上作品には共通する魔力がある。それは、小説であっても、映像であっても、国境を越えて村上春樹の世界に入っていく者たちを引き合わせるような、そうした魔力なのである。

文:ルーシー・デイマン

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